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Channel: 布とお茶を巡る旅
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「父のおじさん」を読んで

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工芸ライターとしてご活躍の田中敦子さんが「父のおじさん」を
上梓されたのは、昨年の12月初めのこと。
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志賀直哉の弟子で、芥川賞、野間文芸賞を受賞した昭和の文士・尾崎一雄と、一人の戦災孤児、その運命の出会いと奇跡の物語。 戦前~戦後にかけての日本の暮らしを中心に、戦争孤児の生き方、尾崎の人間的な魅力を伝える、31の物語。
この「一人の戦災孤児」というのが敦子さんの父上「まアちゃん」で、まアちゃんが4歳の昭和12年9月にお向かいに引っ越してきたのが尾崎一家でした。

昭和12年9月と言えば尾崎一雄が芥川賞を受賞したばかりのころで、まアちゃんの父・林平氏とは1歳違い、母親同士が姉妹のように仲良かったこと、子供たちの年齢が近かったことなどで尾崎家と山下家は親密な交流がなされて、尾崎一雄の小説にもたびたび登場しています。


しかし伊豆の親戚筋に学童疎開していたまアちゃん1人を残して、山下一家は東京大空襲で全滅してしまいます。
一方、尾崎家は尾崎一雄の実家である小田原の下曽我に疎開していて難を逃れます。

戦災孤児となったまアちゃんは苦労しながら伊豆で育ちます。高校を卒業すると東京にでて職を得てから、尾崎一雄と再会を果たします。
それから人生の節目ごとにまアちゃんは尾崎氏を訪ね、尾崎の死後も松枝夫人と交流は続きます。

*****   *****

2016年に最愛の伴侶を失くされて悲嘆にくれる父を励まそうと敦子さんが考えたのが、父にとっての「おじさん」の話を書くことでした。
それまで折に触れて聞いていたおじさんの話に、裏づけとなる尾崎の小説を読み返し、たくさんの資料に当たってこの本を書き上げられました。

敦子さんは「おわりに」で尾崎さんは最後の文士とも称される人ですが、今ではその名前を知る人も少なくなりました。けれど、戦後早くから科学万能の時代に警鐘を鳴らしていた作家であり、東洋思想に基づく見識は深く、この時代にこそ読み継がれるべき作品を多く残しています。この本を手に取ってくださった方が尾崎一雄作品に関心を持ってくださり、作品に宿る哲学を味わうきっかけとなるなら、父も私も、それを願ってやみません。と書かれていますが、随所に引用されている尾崎一雄の文章を読んでいるうちに、私も尾崎作品を全体を通して読んでみたいという思いに至っています。


表紙のみかんの絵と挿画は、着物を通して敦子さんとは旧知の岡田知子さん。
知子さんにはここ何年か、ずっと胸に温めてきたもののひとつに、
「挿絵画家になる!」という思いがあったそうで、その願いが叶った一冊となったようです。
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「父のおじさん」を読んで小田原文学館に尾崎家の書斎が一部移築されていると知り、興味が湧いて行ってみました。

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先ずは本館の小田原出身作家という展示の中で、尾崎一雄の自筆原稿を見ることができました。文字を見るとその人が見えてくるものですね。

内部は撮影禁止でしたので写真はありませんが、書斎の道具や写真なども拝見して、本に描かれていたあれこれに思いを巡らせてしまいました。

さて、お目当ての移築された書斎です。
平成18年、市内曽我谷津にあった尾崎一雄邸「冬眠居」の一部を移築いたしました。
移築にあたり、柱や鴨居、天井や建具類はほとんど旧宅のものを使用。屋根についても旧宅の瓦を9割以上使用していますが、間取は縮小し、濡縁は新規に作りました。かつて文豪が創作に励んだ書斎の趣きをそのままに感じていただけると思います。現在は屋外からの観覧とさせていただいております。
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下曽我にあったお宅の書庫と書斎の一部を移築したということですから、実際はもっと大きなお宅に住んでいたわけですが、この部分だけなら「ああ子供の頃住んでいた家に似ている」と思いとても懐かしい気持ちになりました。
もし今後企画展などで内部が公開されたらぜひ入ってみたいなぁ。
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なんと昨年、令和3年3月22日(月)~5月16日(日)に
企画展「素顔の尾崎一雄 ―未公開の書簡と写真から―」があったのですね。

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本展では、ご遺族や生前親交のあった方からご寄贈いただいた800点以上にのぼる資料から、家族とのつながりが感じられる写真や書簡などを中心に紹介しました。そういえば文学館に寄贈された資料目録の中に、敦子さんと妹さんの手紙もあって驚いたと本にありました。


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